ちかちーの旅log!

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No.7-3 18きっぷ日本一周3日目 鹿児島中央~広島(2017/8/30)

ホテルで少し寝坊してしまい、危うく乗る予定の列車に遅れかけてしまった。ルートを変えればリカバリーは可能ではあるがそれでも課金必須である。昨夜目覚ましをかけた時に午前と午後を見間違えたようだ。何にしても間に合ってほっとした。

 

今日は九州島内を縦断するが、行きと異なり肥薩線鹿児島本線回りである。

第1走者:鹿児島中央6:27→隼人7:05 6922M

最初は昨日の昼前に通った日豊本線を通る。朝日に光る桜島が美しい。

重富を過ぎたあたりから少しずつ高校生が増えてきた。国分か隼人まで向かうのだろう。随分と早い気がするが九州の高校には「朝課外」なる慣習があるそうである。大変だろう。

通学の高校生や通勤のサラリーマンの中にいると、私服で重い荷物を抱えた私は甚だ違和感がある存在にしか見えないだろう。まぁ実際場違いな存在なのは確かだが。

加治木の先で海岸線から離れ、昨日今日と見てきた桜島ともお別れである。

隼人に到着。1分しか乗り換えの時間がないのですぐに次の列車に乗る。

第2走者:隼人7:06→吉松8:10 4222D

ここから肥薩線に入り、本格的に山の中に入る。急勾配や急カーブも多く、時に徐行しながら農村地帯を進んでいく。

南九州へ向かう路線としては海沿いを進む鹿児島本線より古く*1、また観光資源としての観点から築100年を超えた木造の駅舎がいくつか残されている。*2古い駅舎というものは味のあるものでゆっくり見学したいがそんな暇はない。沿線には温泉地がいくつかあるが平日の朝、静かである。車内にいるのも高校生と同業者と思しき中年がほとんどである。

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やがてえびの高原に入ると次の乗換駅、吉松である。この列車は吉松から吉都線に入る都城行きだが、吉松で乗客の大半が降りた。といってもわずかな数だが…

吉松はかつての南九州の鉄道の要衝を偲ばせる大きな駅である。しかし本数は少なく市街地から少し離れているため静かだ。

第3走者:吉松8:27→人吉9:25 1226D

いよいよ肥薩線の難所であり日本三大車窓の一つに数えられる、矢岳越えに入る。*3この区間はわずか5往復と少ない。今日乗車する区間の中でも一番楽しみな区間である。

右手に吉都線の線路が分岐し、徐々に標高を上げていく。小さなトンネルをいくつかくぐるたびに、麓のえびの市の街並みがだんだんと小さくなり雄大な車窓が広がる。

まずはスイッチバックの駅で肥薩線一の宮崎県内の駅でもある、真幸に停車。Z型に線路が敷かれているため駅構内で一時的に前後が変わる。ホームには駅名にちなんだ鐘があるが鳴らすほどの停車時間はなかった。*4この時点で吉松から150mほど登っているのだがさらに登る。

次の矢岳までに宮崎県と熊本県の県境を超えるのだが、真幸からさらに200m近く登っている。ディーゼルカーのエンジンも唸る急勾配だ。

矢岳を過ぎるとエンジン音は軽くなり、一気に下っていく。途中大畑でループ線スイッチバックという急勾配を超える際の2つの合わせ技を使うあたり、急勾配の度合いが推し量れる。

さて肝心の車窓はというと、見事の一言に尽きる。特に真幸~矢岳間は眼下にえびの市街を見下ろし、遠くに霧島連山を望む車窓である。揺れる車内の中では今一つ美しさが伝わらないのが残念だ。

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そうこうしているうちに人吉に到着。短い1時間だった。

しかし今日の行程上の難所はここである。人吉での次の列車は5分後に発車するがこれは特急であるため乗れない。*5というわけで約3時間ほど待たねばならない。10日間の行程でも最も悪い接続である。

 

ところでTwitterを見てると気になる情報が入ってきた。今日通る鹿児島本線遠賀川駅で火災が起き、運転を見合わせているという。通るのは7時間半後だが、大丈夫だろうか。

 

人吉と言えば温泉街のイメージがある。午前中から風呂でも浴びるのも乙なものだろうか。

観光案内をもらい地図を見ると、歩いて5分ほどのところに物産館に併設した無料開放の足湯がある。とりあえずここに入り、どうするか考えることにする。

さて足湯に入ってみると…熱い。入ってはすぐに足を出して冷やしつつしないととてもじゃないが入れない。

見回りに来た店員に湯が熱すぎることを伝えると、軽くかき混ぜて帰っていった。これだけでもちょうどよくなった感がある。そんなことに気が付かない私が迂闊だったとも言えるが。

さてちょうどいい湯加減になったので浸かりながらゆっくり地図を見ると鉄道博物館があるようだ。ちょうどいいので行ってみる。

 

…えー、水曜休館だそうです。今日は水曜日です。

 

どうやらあと2時間、人吉の街をぶらつかねばならないらしい。食欲が今一つ出ないので何か食べる気にもならないのが辛い。その前に財布に金が入っていない

球磨焼酎の酒蔵を見るでもなく、なんだかんだで温泉に入ることもなく、消化不良に陥ってしまった人吉観光(?)だった。*6私は旅行は好きだが観光は苦手である。むしろ移動そのものに重点を置いていて肝心なものを忘れていると言うべきか。

 

第4走者:人吉12:19→八代13:41 1226D

さて移動に戻る。これまでの険しい山を越える車窓とは打って変わって、球磨川の急流に沿った深い渓谷を進んでいく。対岸は国道が並走していて景観は良い。

しかしこうした景色がしばらく続き、しかも先ほどまであてもなく炎天下の人吉市街を彷徨ったせいか眠くなってしまった。

目が覚めるとまだ渓谷の中を下っていた。地図を見てみると八代の手前まではしばらくこの調子である。球磨川日本三大急流の一つとされるがなるほど納得である。

少しずつ流れが穏やかになり、駅の周りの集落も少しずつ大きくなってきた。段を過ぎると平地に出て、九州新幹線肥薩おれんじ鉄道の高架をくぐり、ようやく八代である。

乗り換えは5分しかない。すぐに次の列車に乗り換える。

 

第5走者:八代13:46→荒尾15:14 5348M

ここからは鹿児島本線を北上する。ロングシートの車両なのが残念だ。しかし熊本を通るのに2両で足りるのだろうか?既に8割ほど席は埋まっているが…

新八代を過ぎると左側の新幹線の高架から線路が合流した。かつて九州新幹線が部分開業したときは新八代で在来線と対面接続を行っていたため、その名残である。

案外海岸を通らない。沿線は田園地帯が続き、海側には工場が見える。時折住宅街や市街地を通る郊外路線といった趣だ。

白川を渡ると熊本に着く。しかし熊本市街は熊本駅からは遠く、ビジネスホテルと予備校が数軒あるほかは住宅街だった。

熊本を過ぎるといったん山中に入る。とはいえ集落が点在し、それなりの乗降客がいる。

こうした郊外路線を進みながら荒尾に到着。有明海にほど近いが見えない。また時間の短い乗り換えだ。

さて朝の遠賀川駅の火災の影響を確認してみると、まだ遅れがあるという。とはいえダイヤは徐々に回復しているようだ。どうやら影響は小さそうである。 

 

第6走者:荒尾15:15→門司17:47 4256M

門司港行きの快速列車である。熊本県北部から福岡県北東部までを通る幹線のため、大きく人の乗り降りがある。

荒尾を出てしばらくは筑後平野の水郷地帯で、田園地帯が広がっている。

鳥栖で席は埋まった。この先はしばらく住宅街だ。福岡の衛星都市である。

16:23、博多着。半数以上の乗客が降り、それ以上の人が乗ってきた。そろそろ帰宅の時間帯に入るころである。車内はかなりの混雑だ。

停車時刻と時刻表上の時刻を確認してみると遅れはない。どうやらダイヤは復旧したようである。よかった。

17:05頃、火災のあった遠賀川を通過。ホームにはまだかなりの数の作業員と警官がいた。*7

これを過ぎると北九州市に入る。丸2日以上かかって九州の最南端までぐるりと回ったことになる。*8

17:24、スペースワールド着。車内からもヴィーナスやザターンなどが見える。そういえば私は行ったことがない。広島の小学校の修学旅行は九州方面が多数派でスペースワールドでの自由時間があることが多かったようだが、私が通っていた小学校は関西方面で自由時間はUSJだった。その後九州に行く機会もなかったので仕方ないといえば仕方ないのだが。

17:47、門司着。丸2日以上かかった九州一周も終わりである。

 

第7走者:門司17:53→下関18:00 5220M

門司駅構内で交流と直流が切り替わるため、発車後すぐに30秒ほど電気が消える。

5分ほどで関門トンネルを抜け、本州に帰還。

下関着。ここで夕食を購入。相変わらずの粗食である。

 

第8走者:下関18:26→新山口19:38 3420M

接近チャイムの音が聞き慣れたものになった。どこか懐かしいものを感じる。広義の広島に帰ってきた*9

1日目同様今回も山口県の横断だが、今回は新山口で乗り換えがある。

幡生から左側に線路が分岐していった。遠く京都まで続く山陰本線である。幡生~京都は距離的にはさほど変わらないが、ディーゼル車が大半を占める山陰本線は進むのが遅い。そのため山陽本線を東に進む。*10

下関ではかなりの数の立ち客がいたが止まるごとに少しずつ減っていき、宇部で席が空いた。それとともに日も暮れ、暗闇に包まれていった。

1日目には見えていた景色も夜では何も見えない。街から離れているので真っ暗である。

新山口に到着。向かい側の列車に乗り換える。

 

第9走者:新山口19:41→岩国21:45 3360M

思ったほどの混雑ではない。ところどころ席が空いている。

駅の間はわずかばかりの道明かりと踏切しかない。昼間は何度もシャッターを切った周防灘も真っ暗である。

20:22、徳山着。車掌や駅の放送から新幹線の乗り換え案内が聞こえる。ああ、新幹線に乗りたい…

次の櫛ケ浜で左側に線路が分岐する。岩国まで山の中を直線状に結ぶ岩徳線である。戦時中山陽本線の輸送量を増強する目的で敷設されたものの、急勾配や長いトンネルがある関係で海側の柳井線に役目を奪われローカル線になってしまった路線である。しかし岩徳線の影響は意外なところに及び、新幹線の運賃計算にも影響を及ぼしているのだが話が逸れすぎるので脚注で述べる。*11

外の景色が楽しめないので台風情報を確認する。どうやら少し遅くなっているようで北海道にいるころ台風が直撃するようだ。どうやらしばらく待たねばならないらしい。

その後もぼんやりとしながらしていると岩国到着のアナウンスがあった。やはり夜の移動というのは時間が長く感じる。記述量は減る。

疲れたがまだ終わりではない。次の列車はまだ来ていないのでじっとベンチで待つ。吹き抜ける夜風が涼しいことにふと気づいた。昼はまだまだ暑いが秋は着実に来ている。

 

第10走者:岩国22:06→広島22:58 1582M

ガラガラの車内に座った瞬間眠気が襲い掛かった。やはり疲れている。旅はまだ1/3にもなっていないのだが…先が思いやられる。

前空を過ぎると街明かりが増え、広島湾を挟んで広島市街の街明かりがきらめいている。

そうこうしているうちに広島着。実家に帰る。

親との協議の末、広島発は9/3となった。台風が北海道を過ぎ去るのを待ってから、ということである。

 

移動距離…611.8km

通過した駅の数…175

*1:八代~川内間は現在の肥薩おれんじ鉄道。かつて鹿児島本線が全通するまでは現在の肥薩線鹿児島本線と呼ばれていた

*2:大隅横川駅舎の柱には機銃掃射の跡もあるという

*3:他の二つは長野県の

*4:一日2往復の観光列車「いさぶろう・しんんぺい」では5分ほどの停車時間を設け、ホームに降りる時間を設けている。この駅に限らず吉松~人吉間各駅で若干の停車時間を設けている

*5:課金すると後の行程は楽になるけど

*6:そんなのだったらくま川鉄道往復すればよかった気はする

*7:原因は駅構内のたい焼き屋の火の不始末だという。この火災により駅舎全焼し

取り壊しが決まったようだ。

*8:正確には重なっている区間があるから円じゃないけど

*9:下関はJR西日本広島支社管内である

*10:今回の旅行では半分以上は被っています。時間がないので仕方ないですね…

*11:新幹線は原則として「並行する在来線の一部」としており、山陽新幹線も例外ではない。しかし岩国~櫛ケ浜は先述の経緯から山陽本線より距離の短い岩徳線回りで運賃が計算される。新大阪~博多間の場合、岩徳線がなければ220円運賃が高くなっているはずである