ちかちーの旅log!

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No.7-5 18きっぷ日本一周5日目 高崎~青森(~函館FT)(2017/9/4~5)

この記事を執筆する直前、Twitterにてこのツイートが大きく拡散されたのをご存じだろうか。

 

 

旅行やおでかけに関しての観光情報を「地元の人が」発信するというコンセプトでインターネット上で展開しているメディア記者の一人が、この夏に18きっぷにて西大山~稚内間を18きっぷで旅行したという。

編集部からスマホでの情報検索をしないという縛りをかけられ、通過した周辺の駅を駅メモで丹念に記録しつつ苦労しながら北へと向かう様子がシリアスに綴られている。

ただし私は駅メモユーザーではないので肝心なところがよく分からなかったのだが。*1 

 

今回この記事を取り上げた理由は、ルートが私の北上ルートと東北以外ほぼ被っていること*2、しかも今回取り上げる大館~青森の行程が全く同一の列車であることである。*3何が言いたいかというとメディア記者が書いた記事と一介の素人たる私のブログとではクォリティーの差が否めないということだ。前述に限らず、この手のものは検索エンジンを使えばいくらでも出てくるものではある。それでも更新を楽しみにしている読者がいるのはありがたいことだ。

 

さて、前置きが長くなってしまったが本題に入る。今日の行程は高崎から新潟に向かい、以降は羽越本線奥羽本線を北上し東北を縦断する行程である。

 

第1走者:高崎7:12→水上8:17 723M

今日の朝は行程の中ではかなり遅いスタートである。*4といっても7時台を遅いと見るかについては議論の余地があるかもしれないが、とにかく時間的余裕がないのが今回の旅行だ。なるべく1日の移動で距離を稼げるように組まなければならないのである。

7:10頃ホームに行ってみると、既に通勤通学客で席の大半が埋まっていた。前橋の郊外か渋川にでも向かうのだろうか。

新前橋で両毛線が分岐してしばらくすると、進行方向左側には榛名山が、右側には赤城山が見えてくる。残念ながら乗っている車両がロングシート、座った席は進行方向右側のため赤城山は見えにくい。一方で雲がかかっていない分榛名山は全景を表しているためこちらの方が綺麗に見える。移動を始めて早々、素晴らしい景色を見せてくれたのだが残念ながら写真は撮れなかった。

渋川でかなりの客が降りたが、それとほぼ同数の高校生が乗ってきた。通学列車としての機能も果たしているのだろう。本数はそれほど多くはないので同じ制服を着た人が何人もいる。

渋川で乗ってきた高校生は沼田で下車した。この付近の中では渋川に次ぐ街である。立ち客はほとんどいなくなり、同業者であろう人や登山客と思しき中高年が目立つ。

沼田を過ぎると徐々に渓谷へと入っていく。付近を流れる利根川の川幅も狭くなってきた。

定刻に水上に到着。駅周辺は温泉街のはずだが平日の朝なのでひっそりとしている。

対面の乗り換えではないので、人の流れに沿って跨線橋を渡る。水上で改札を出た客は少なかった。

 

第2走者:水上8:24→長岡10:20 1729M

ここから新潟支社管轄になる。今一つ新潟に近いという印象はないが…

ロングシートクロスシートが半々の車両である。乗り換え客の集団の中ではやや後方だったためクロスシートはもう埋まっていた。

さて今日高崎発が遅かったのはこの区間の本数の少なさにある。なんとこの列車が今日の水上発上越線下りの一番列車なのだ。高速バスや新幹線が交通の主軸であり、人の交流も普段は少ないので当然と言えば当然なのだが、それにしてもひどいダイヤである。

湯檜曽を過ぎると長い清水トンネルに入る。川端康成の名著「雪国」の冒頭「国境のトンネルを抜けると雪国であつた。」はあまりにも有名であるが、この「国境のトンネル」はここのことである。現在は上下線にそれぞれ別のトンネルが掘られていて、正確には今通っているのは新しくできた新清水トンネルであり川端の小説の世界観を味わうことはできない。だが何にしても県境をまたぐ非常に長いトンネルである。

湯檜曽の次の土合は少々変わっている。上りホームは山中にあるごく普通の地上駅だが、下りホームは新清水トンネルの中にある。ここから駅の外に出る場合、462段の階段を上りさらに連絡通路を通ったうえで24段上らなければならない。*5ちなみにエレベーターやエスカレーターは設置されていない*6谷川岳の登山口があることから夏季は登山客の利用があるようだが、駅を出るまでが既に登山である。

土合を出発するとまもなく車内検札が始まった。次の土樽までは駅間が長いからだろう。そういえば在来線の普通列車内で検札を受けるのは初めてのような気がする。検札を見ていると9割ほどが18きっぱーのようだ。しかし数人のICカード区間外乗車の処理にまごついたらしく、1両目を検札しただけで土樽に着いてしまったようである。

国境のトンネルを抜けると薄い霧がかかっていた。周囲の山を見るとスキー場がいくつかある。この辺りはたくさんのスキー場があり、首都圏のスキーヤーやボーダーが向かうエリアの一つ「苗場」もこの辺りである。

六日町を過ぎると狭い谷の中に田が見えるようになる。もう少し山を下りると最高級ブランド米の一つ「魚沼コシヒカリ」の産地である魚沼市に入る。

小出を過ぎると徐々に混んできた。長岡や新潟に向かうのだろうか。車内の人の平均年齢が徐々に高くなってきた。

小千谷付近で一瞬信濃川と並走し、定刻に長岡に到着。

 

第3走者:長岡10:27→新潟11:43 3373M

次に乗るのは新井発の快速である。滑り込んできたのは国鉄車両、115系だった。

ところで、ここで一つ話を。

半自動ドア、という概念をご存じだろうか。長時間停車中や、乗降客の少ない駅での車内保温のために駅についてもドアを自動で開けず、乗降客の操作によってドアの開け閉めを行う場合がある。ローカル線での話に限らず、大阪や東京など大都市圏の駅でも見られる…のだが、その駅始発や通過待ちでもないと見られないので時々困惑する客を見かける。

さてこうしたドアの開閉は基本的にボタンを操作して行う。というよりも手動で開けるドアの車両の方が淘汰されつつある。今回の旅行においても多くの駅で半自動扱いとしているし、今日はここまで全ての駅が半自動である。ところがこの列車は…

 

 …はい。小さくドアにも説明があるがこの通り手動である。襖を開けるがごとく横に押して開ける。そして停車中はどうやっても微妙に隙間ができる。

ツイートでは驚いてはいけないと言っていたが、正直私も手動での半自動ドア*7を見たのはいつ以来だろうか。記憶によれば高3で見た山陽本線の列車以来だと思われる。E129系に淘汰されつつあるけど、今日も國鐵旧潟は元気です。國鐵廣嶋は衰退しましたが山口と崗山ではまだまだ元気です。*8

閑話休題

席は長岡で埋まり、何人かは立ち客がいる。ほぼまっすぐな線路をひた走り、外には越後平野の田園地帯が広がっているのだが、席取りの位置が悪くあまり外が見えない。

新津を過ぎると徐々に住宅が増えてきた。間もなく右からこの後乗る白新線の線路が合流し、新潟着。

16分は18きっぱーにとっては中途半端な長さである。次の列車も当駅始発ではないのでしばらく待つ。

 

第4走者:新潟11:43→村上12:57 1933M

入ってきたのは再び新型車両である。今度は進行方向右側のクロスシートの席に座り、ぼんやり車窓を眺められるポジションを確保した。

出てしばらくは新潟郊外の住宅街を進む。かと思えば突如として大きなショッピングモールが駅前に現れたり、また田園風景に戻ったりする典型的な郊外路線の趣だ。

新発田から羽越本線に入り、北へと向きを変える。ただ相変わらず農村と住宅街の中間のような車窓が広がっている。絶好のポジションを確保したとはいえ、単調な景色が続いていて少し退屈になってきた。

定刻に村上着。次の列車は既にホーム向かい側に止まっていた。街と駅は離れているし駅にキオスクなどはなさそうである。どうやら昼飯は無理そうだ。

 

第5走者:村上13:31→酒田15:56 827D

次は3日目以来のディーゼルカーである。村上駅の北側で電化方式が変わるのだが管轄の車両区が在来線用の車両を持っていないため、こうした運行形態をとっている。

この先は日本海岸沿いを通るため、進行方向左側の席を確保した。ガラガラなので4人のボックス席を贅沢に使わせていただく。

発車してしばらくは日本海の沿岸を進む。特に今川駅周辺は「笹川流れ」と呼ばれる日本百景にも選ばれるほどの景勝地…なのだが、今一つよく魅力がよく分からない。

それでもシャッターを何度も切った。まだ夏なのでよく晴れていて、日本海は穏やかである。

 

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鼠ヶ関から山形県に入る。そういえば人生で初めての東北である。初東北がこんな形になるとは思わなかった。

ところで村上の南の坂町から青森までは単線と複線が目まぐるしく変わる区間である。運行本数がそれほど多くないこと、一部海岸沿いの険しい地形の影響で十分な用地が確保できないことなどが挙げられる。しかしここまで複雑だと運行管理やダイヤグラム作成も大変だろう。

小波渡からは内陸に入っていく。トンネルを抜けた先は庄内平野だ。線路は鶴岡市内を通るように逆コの字型に敷かれている。この辺りは山形県内の米の一大産地である。

定刻に酒田着。売店があったので、ここでお茶とパンを購入する。時間が中途半端なので駅前を散策するのは諦め、待合室で待つことにした。まだまだ暑いので空調の効いた部屋でゆっくり涼む。

 

第6走者:酒田16:30→秋田18:19 553M

東北の顔、701系である。車内に行ってみると既に下校しようとする高校生が何人かいた。

酒田を出発してしばらくすると出羽三山の一つ、鳥海山が見えてきた。快晴で山の全体がはっきりと見える。

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吹浦で高校生はほぼ降りた。次の女鹿までが山形県である。

秋田県の県境の手前から再び日本海の沿岸を走る。相変わらず穏やかな海である。

高校生の帰宅時間に設定されている列車だからであろう、象潟や羽後本荘といった沿線の主要な都市で高校生が乗り、数駅で降りるという様子がよく見られる。決して長距離の利用客ではないが、地域の鉄道網を支える上では非常に大きな存在である。

ところで一週間ほど前の鹿児島にいたころは18:30頃の日没だっただろうか。それから緯度にして10度近く東に移動したわけだが、同時に北へも移動したので18:00を過ぎてもまだ日が暮れていない。むしろ車窓には日本海に沈もうとする美しい夕日が見える。ロングシートの車両だが、車内はさほど混んでいないので進行方向左側のドア前に立ち、何度もシャッターを切った。

 下浜~桂根にて撮影。写真では魅力が激減してしまうのが惜しい。

定刻に秋田に到着。すぐに大館行きの快速列車が発車するが、次の列車でも行程は変わらない。ということで少し時間があるのでここで夕飯にする…予定だったが食欲が出ない。駅ビルのレストラン街を巡っても食べたいという気が起こらない。確かに昼飯(?)は遅かったがこうまで問題にはならないはずである。だがないものはないのでレストラン街を後にした。

そういえば秋田駅秋田新幹線の終着であるが、交通系ICカードには対応していないからか、新幹線乗り換え口以外の改札は有人改札だった。新幹線の改札から行くと、その差に少々驚く。周辺に無人駅も多いため、精算が必要な場合もあるからであろうが…

ふと、次の列車のホームに向かう途中の跨線橋で写した1枚。なまはげの横の提灯は竿燈祭りをモチーフにしているのだろうか。

 

 

第7走者:秋田19:00→大館20:46 1683M

ホームに行ってみると既に通勤通学帰りの客で席がかなり埋まっていた。半自動で乗客のほとんどが乗ったら開け放しにしないという暗黙の了解を心得ているようで*9、色んなところからドアのブザーが鳴る。意外とよく響くというよりむしろ前の列車でさんざん聞いたせいで少々うるさく感じてきた。

既に日が暮れてしまったので車窓を楽しむことができない。夜の移動はただ淡々と何も見えない中を進んでしまうのが何とももったいないが、時間がない故致し方ない。乗客のほとんどは八郎潟までに降り、車内は閑散としている。

東能代から東に向きを変えて、米代川沿いの谷を進んでいく。

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オタク特有の…いえなんでもないです。*10

相変わらず複線と単線が目まぐるしく変わる路線である。時折貨物列車とすれ違う。

定刻に大館着。駅周辺は真っ暗なため食事には期待できそうにない。地図を見てみると街の中心部は2kmほど離れているようだ。30分では無理なので待合室でじっと待つ。

降りた瞬間、半袖に七分のズボンでは寒さを感じた。流石に北にある盆地では夏の恰好では無謀なようである。気になったので気象情報を見ると15度だった。とりあえずパーカーを羽織って凌ぐ。

 

第8走者:大館21:20→青森22:50 689M

大館からの乗客は20人ほどだろうか。車掌のいる列車だがもの寂しさを感じる。そういえばこの旅行では意外にも初めての最終電車である。

陣馬を発車した後の県境を超える間、車内検札が行われた。やはりほとんどが18きっぱーである。2日目の佐伯のスタンプの下あたりに穴を開けられた。

22:02、弘前に到着。ねぷた祭りで有名な街らしく、たくさんの提灯が下げられていた。しかしホームに人の姿はほとんどなく虚しさを感じる。発車のメロディはどこかできいたことがあるような旋律だったが、後で調べてみると津軽じょんがら節らしい。三味線の音だったのでさながら祭り会場や旅館のような駅である。

再び真っ暗な世界に戻る。幸いこの区間は昼間に通る予定だ。

新幹線接続駅である新青森でどっと人が乗り、定刻に青森着。今日の「列車での」移動は終わりである。

 

さて、今日の列車での移動は終わりである。だが、今日の移動はまだ終わらない。今日の宿は津軽海峡を渡るフェリーである。フェリーターミナルまでは歩いていけなくもないが、見知らぬ街でしかも夜に3km近い移動は無謀だろう。しかも荷物も多い。というわけで事前にフェリー会社のホームページで見つけていたタクシー割を使う。予約のために電話をかけると、明らかに津軽弁訛りのオペレーターが出てきた。23:30に青森駅西口から利用の予約を入れる。

さて東口を出ると目の前に繁華街が広がっていた。居酒屋を中心にファミレスなどもあるようである。

とはいえ夕飯は結局松屋牛めしになった。近くにあったファミレスが臨時にラストオーダーを早くしていたようで、そこを諦めてからはもう探す気力を失ってしまったからだ。

食べて時間を確認すると案外時間がない。とりあえず西口に急ぐ。

だが駅の周りを大回りして向かおうとしたら行けそうにない。ここで妙案を一つ立てた。*11

18きっぷで中突っ切ればいいのでは?」

18きっぷは改札を出る時にスタンプを捺されない。まだ青森発の普通列車はあるので怪しまれずに済むだろう。

というわけで駅を突っ切り、西口に出ると…*12

仮にも青森県のメインターミナルである。西口は確かに閑散としているとはいえ、流石に改札業務を終了するのはマズいような気がするのだが…

 

何はともあれ青森駅西口からタクシーに乗り青森フェリーターミナルに向かう。10分ほどで着き、待合室で乗船時刻を待つ。

ソファーがあるが仕切りがあり寝転がることはできない。しかも寝過ごしてはいけないというプレッシャーからか寝れない。かといって待合室には飲み物の自動販売機と青森港の港湾事業の説明しかなく、時間を明らかに持て余してしまった。

ようやく1:40ごろ、乗船時刻を迎えた。

 

青森FT2:00→函館FT5:50 「あさかぜ21」

青函フェリー運航の小型フェリーである。何台かのトラックと乗用車が既に乗っていて、徒歩乗船の客は十数人ほどだろうか。徒歩乗船の客の中で真っ先に乗船しコンセントそばの場所を確保したが、そうまでして急ぐ必要もなかったようである。

雑魚寝のカーペット部屋がいくつかあるようだがこの乗客数では寝転がるには十分すぎるほどのスペースである。すぐに熟睡してしまった。

目が覚めると函館FTにもう着こうかというところだった。窓の外を見ると函館山が見える。今からシャワーを浴びても乾く時間はなさそうなので着替えるだけ着替える。さすがに長袖長ズボンでないと肌寒いだろう。

 

6:05頃に下船。朝日が眩しい。北海道の北上の始まりとなる今日もいい天気で行けそうだ。

 

移動距離…687.7km*13

通過した駅の数…144

*1:乗車記録はレールブックでつけはじめ、サービスが終了してからは乗りつぶしオンラインを使用しています。

*2:違うのは大宮~秋田で、私は高崎線羽越本線回り、pato氏は東北本線仙山線奥羽本線回りである

*3:さらに翌々日の行程に至っては南稚内まで全く同じ行程である。違うのは雨による遅延の有無と宗谷岬訪問の有無である

*4:これより遅いのは6日目のみ

*5:動画サイトに実際に上ってみた動画が上げられている

*6:改札からホームまで10分ほどかかることから時刻表にはその旨が書かれている。かつて有人駅だったころは下り列車の改札を10分前に締め切っていたという

*7:矛盾はしていないですよ?ドアの開錠施錠は車掌が行うのでそこが半自動の半自動たる所以です。

*8:これらの地域にも新車はよ…

*9:冬がとても寒い地方だからというのもあるのだろう

*10:そもそもこの駅の読みは「はやぐち」ですし

*11:後で調べると相当な大回りが必要だったようです。10分では無理があったみたいですね…

*12:ツイートの東口は西口の誤り

*13:青森FT~函館FT(113.0km)は除く