ちかちーの旅log!

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No.7-8 18きっぷ日本一周8日目 稚内~森(2017/9/7)

早朝5時、宿をチェックアウトし外に出るとちょうど夜明けの空が見えた。

人通りのない早朝の道を歩いていると、昨日気が付かなかったものを見つけた。

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道路標識は多くの場合日本語はもちろん英語が併記されている。だが稚内市内の道路標識はそれに加えロシア語が併記されていた。*1現在も稚内とサハリンのコルサコフを結ぶ航路があるからだろうか。

 

さて稚内駅に到着。まだ窓口は開いておらず、中にいたのは同業者と思しき人が数人いるだけだ。

 

北緯45度25分03秒、日本最北端の駅、稚内。南から伸びてくる宗谷本線の線路はここが終端で、文句なしの日本の北の果ての駅である。

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柱には旭川、函館、東京、指宿*2、西大山、枕崎駅からのそれぞれの距離が記されていた。

どこからの距離でも遠く果てを感じさせるが、中でも私が驚いたのは函館からである。同じ北海道の中だがその距離は703.3kmと東京~青森、大阪~熊本に匹敵するのだ。*3今日はひたすら南下していく行程だが、それでも今日はまだ北海道から出られないのである。

 

最果てに来たという感慨に耽っていると一番列車が滑り込んできた。車両番号を見ると昨日南稚内まで乗ってきたのと同じ車両である。運転手の爽やかなアナウンスの後、ドアが開いた。帰るための南下という名の、3日間の旅の始まりである。*4

 

第1走者:稚内5:20→名寄8:47 4324D

6人ほどを乗せての発車である。昨日の稚内行きでも見かけたが折り畳みの自転車を積んでいる客がいた。

昨日の北上時は雄信内の手前で日没となりそこから先の景色を見ることができなかったが、今日は存分に味わうことができそうだ。

南稚内を過ぎるとまもなく民家が見当たらなくなり、草原の間を抜けていく。民家はおろか道路すらない、抜海原生花園*5だ。かすかに霧がかかっているのがより幻想的な雰囲気を醸し出す。

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南稚内~抜海にて撮影。今回の旅行中、いやこれまでに色んな路線を通ってきたが、一番美しいと感じた車窓だ。ああ、ここまで来てよかった、と思った。もちろん冬なら一面の雪景色でまた違ったものがみられるのかもしれない。だが、夏のように遠くまで澄んだ景色が見られるわけではないだろう。また夏に訪れたい、そう思わせるほどの車窓をしばし楽しむことができた。

駅の周辺は牧草地になる。牛がのんびりと草を食んでいる様子や、サイロらしきものがちらほら見られるが住居らしきものは見えない。

 

幌延を過ぎると原野を離れる。ちなみに幌延の南側に北緯45度線があるため、駅のホームには「北緯45度、北半球ど真ん中の町」といった立て看板があった。北緯45度というとミネアポリス(米)、ボルドー(仏)、トリノ(伊)あたりとほぼ同緯度である。

宗谷本線は大半が内陸部を通る路線だが、ほとんどが盆地や丘陵地を通る路線である。そのため幌延から名寄まではほとんどが天塩川沿いにある森の中を進んでいく。駅から離れると本当に秘境路線という趣だ。それ故に利用が少なく存続問題が取り沙汰されているのだが。

 

この後は昨日見ることができた区間である。やはり途中駅での乗り降りはなく、置かれている状況の厳しさを感じる。

 

そんなことを考えていると名寄に着いた。ここは賑わっている。

 

昨日ほどではないが時間があるので、駅の周辺を回る。

するとこんなポスターを見つけた。

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昨日の稚内行きの列車でも、今日ここまで乗ってきた列車でもそれぞれ1人ではあるが自転車を乗せた客がいたのはどうやらこれのようだ。確かに急な峠や信号は少ないので時期を選べば楽しめるのだろう。駅にも自転車を持ち込む際の注意事項が書かれたポスターが貼ってある。

 

稚内で買いそびれたので朝食もここで買い求める。とはいえコンビニで買ったパンという何の変哲もない朝食であるのだが。

 

駅の窓口の中を覗くと、血液の搬入予定時刻一覧というものが目に入ってきた。北海道では輸血用の血液を鉄道で運ぶことが多い。今の時期ならトラックでも問題なさそうだが、冬の時期は豪雪で道路が寸断されることがあるから鉄道で運び、いつ何時必要か分からないものに対して安定性を重視しているということだろう。

 

しばらくすると9:56発の稚内行きの特急が入ってきた。名寄で降りたのは20人ほどだろうか。乗った人は数人である。やはり宗谷本線は名寄で人数に段差ができるようだ。

その後乗る列車の改札が始まった。どうやら改札の前の行列はこの列車を待っている人たちである。完全に出遅れた。

 

第2走者:名寄10:07→旭川11:34 3322D「なよろ4号」

稚内から乗ってきたのと同じ車両だった。昨日から3列車連続で同じ車両ということになる。案の定クロスシートには座れず、前の方のロングシートに座ることになった。車内はおばさん達の会話でうるさい。人が多いせいか暑く感じる。

ここまで乗ってきた宗谷本線の北側よりは人の気配を感じられる車窓が続く。とはいえ住宅の数は多くなく、農村地帯が続く。

やはり名寄まではそれなりの需要があるのだろう。それぞれ停車駅ではわずかではあるが乗り降りがある。No.7-7で紹介したJR北海道の輸送状況においても、名寄までは現状のままでも当面はJRが管理できる路線だという。

 

和寒で立ち客が出た。その後も少しずつ人は増え、旭川の街が近づいてきた。神戸は大雨とのことだが、こちらは快晴である。

 

定刻に旭川着。今日は旭川駅周辺を探索する。

 

この駅は「日本最北の高架駅かつ有人駅」*6、「日本最北の自動改札設置駅」である。2011年に改装されていて、北海道第2の都市であり、道北・道東に向かう路線のターミナル駅の風格を兼ね備えた印象がある。

南側が川に面しており、南口を出ると川沿いの遊歩道になっている。犬の散歩をしているおばさんやランニングをしている人を見かけた。北側は街に面していて、バスターミナルや駅前のホテル、飲食店、居酒屋等が立ち並んでいる。とはいえ街のやや外れに駅があるようだ。

 

とりあえず駅前を確認したところで昼飯とする。駅併設のイオンモールのフードコートにしたが、よく考えればもう少し駅前を探索して旭川ラーメンでもよかったような気はする。

 

昼飯を食べた後は駅の中を見てみる。すると駅の中にアイヌ文化についての博物館があった。この辺りのアイヌ文化の遺跡で有名なものだと神威古潭がある。

 

ところで。

見事なまでに真っ赤である。察しが良い方は既にお気づきだろうが北海道の移動は18きっぷでは向かない。そもそも次の記事で説明するが北海道と本州との行き来自体が既に難易度の高い行為なのである。

 

その後もしばらく駅周辺を回っていると時間になった。ホームに上がるとディーゼルカーのエンジンの音が聞こえる。ここは先に述べているものとともに、「営業運転している電車列車の終着駅」としても最北端なのだ。*7つまりここから先へ向かう列車はディーゼルカーである。

だが、電車とディーゼルカーを比べると老朽度合いの差が大きい。電車はすべてJRになってから製造された車両に置き換わったものの、ディーゼルカーの大半は国鉄期に製造されたものである。しかも北海道は電化されている区間が少ないので猶更格差を感じる。もちろん古いものにも旅情を感じさせるものはあるし、改修工事などをして体質の改善には努めている。だが、JR発足から約30年、そろそろ国鉄型の車両を使うのにも限界は来ているはずである。特に自然環境の厳しいJR北海道は言うまでもないだろう。

 

第3走者:旭川13:47→滝川14:38 2330M

一昨日の小樽~札幌以来の電車である。あまり人は乗っておらず、二人掛けの席が広々としている。

車窓は昨日見たものと同じなので省き、今回は自動放送に注目する。

バスにしても、列車にしても自動音声のテープは女性が担当していることが多い。だが、JR北海道、特に電車普通列車と特急列車は男性が担当している。昨日のエアポートでも聞いたが、少し違和感はある。

ところでこちらの動画を見てほしい。

www.nicovideo.jp

 

JR北海道の自動放送のシステムが誤作動を起こし、意味不明な放送が出来上がってしまった。*8内容はともかく、落ち着いた声だとは思う。だがどうにも違和感が拭えない。

 

そんなことを考えながら外を見ていると滝川に着いた。旭川まではウンザリするほど長い乗り換えの時間だが、今日はこの先しばらく短い乗り換えが続く。

跨線橋を渡り、次の列車に乗り換える。

 

第4走者:滝川14:45→岩見沢15:24 2332M

続いてさらに南下する。少しずつ沿線の人口が増えてくるが、やはりまだ田園地帯が続く。北海道は広い。これが道東に行けばもっとそう感じられるのだろうが、生憎と回る時間はない。北東パスや北海道フリーパスあたりで北海道に絞った乗り鉄旅はやってみたいができるのがいつになるか分からない。

 

美唄を過ぎると車内の人も少しずつ増えてきた。この辺りから札幌方面への人の移動が主になるのだろう。

 

昨夜稚内で5時間ほどしか寝ていないせいか眠い。その前の晩の札幌のカプセルホテルでの11時間睡眠はどうやら「貯金」ではなく「返済」だったようだ。

 

岩見沢に到着。この先室蘭本線を進むと距離は短いが本数が少ないので、本数の多い千歳線回りで向かう。

 

第5走者:岩見沢15:35→白石16:11 3446M

小樽行きの区間快速列車だが札幌まで各駅停車なので通過駅とは無縁である。

江別で田園地帯は終わり、札幌近郊の住宅街になる。駅間も短くなってきた。

写真には収められなかったが、こんな駅がある。

大麻」…さて、何と読むでしょう?答えは脚注にて。*9一応由来を調べてみると駅周辺の2つの地名を合わせたもののようだ。だが字面を見ると少しびくっとする駅である。

 

そうこうするうちに白石に到着。住宅街の中の駅であり、あまり知られた駅ではないがここで乗り換える。

次の列車は札幌方面から来る列車であり、札幌まで向かってしまうとその間にすれ違ってしまうのだ。この駅は千歳線函館本線の乗換駅であるため、ここで待ち受ける。

幅の狭いホームに人がひしめき合っている。そろそろ帰宅ラッシュが始まったところだろうか。待っていると小樽行きの快速列車や札幌行きの特急列車が轟音を立てて通過していった。

 

第6走者:白石16:19→苫小牧17:21(17:35) 2782M

 

既にデッキまで立ち客が出るほどの大混雑だ。席が少ないせいか乗車率以上に混雑を感じる。

 

先行列車が遅れているようで、北広島を5分ほど遅れての発車という放送が流れてきた。札幌~千歳までは北海道どころか全国でも指折りの過密区間である。*101列車の遅れがどんどん後続列車に響くのだ。

 

車窓を見ると案外森が多い。もちろん降りる人も乗る人もそれなりにいるのだが、北広島、恵庭、千歳と市が続く割に駅間の住宅密度は低い。

南千歳で新千歳空港への線路が分岐する。まだ今日中に帰れると思いながら車窓を見ていた。着陸態勢を整え滑走路へアプローチしている飛行機が見える。帰りたいと思うのはやはり疲れが出てきている証拠なのだろう。

 

時折徐行していた列車も運行間隔の長い区間になり、遅れを少しでも取り戻そうと飛ばしている。だが、苫小牧の一駅手前の沼ノ端で遅れがさらに拡大する出来事があった。

 

後ろで普通に乗り降りしているだけではあり得ない音が聞こえた。なかなかドアが閉まらず不審に思っていると、「乗客が降りる際に転倒し、靴をホームと列車の間に落とした」という旨の放送が入ってきた。降りて見回してみると乗っている車両の後方でおばあさんが降りた時に足をくじいてしまったようだ。とりあえず応急処置をしてからの発車である。靴は発車してから回収するようだ。

 

結局沼ノ端を15分近く遅れての発車だった。苫小牧で20分ほどの時間がある予定だったので何か食料を買い求める予定だったが断念せざるを得ない。

仕方ないので跨線橋を渡り次の列車に乗り換える。またしばらく電車とはお別れだ。

 

第7走者:苫小牧17:40(17:42)→東室蘭18:45

やはり遅れている函館行き特急を待ってからの発車なので2分ほど遅れての発車だった。車内は半分ほど席が埋まっている。

錦岡を過ぎると市街地が途切れ、草原と国道を挟んで海が見える。だがそういった景色も一瞬で、小さな町が断続的に続く。日が沈みそうな空が紅い。

幌別を過ぎると室蘭の街が近づいてきた。この辺りから長万部までは夜の移動になる。

 

遅れを取り戻し、定刻に東室蘭着。駅前に店がいくつか見えるがここでの乗り換え時間は短いので、跨線橋を渡る。

 

第8走者:東室蘭18:52→長万部20:21 484D

室蘭発の普通列車である。*11車内は下校中の高校生でいっぱいだ。

発車してすぐに煌びやかな室蘭の工場群と白鳥大橋のライトアップが見えてきた。夜の移動というのは一般的に何も見えず苦行に近いものがある。ただ、こうしたライトアップは昼間は見えず、ただ武骨なものにしか見えないだろう。数少ない夜間の移動のメリットである。尤もこうしたメリットが生かせる状況自体非常に限定的なのは言ってははいけない。

 

だが崎守の先のトンネルを過ぎるといつも通りの暗い車窓になる。線路は内浦湾(噴火湾とも言う)沿いに敷かれているのだが真っ暗である。

稀府で少なくなった高校生だったが、次の街の中心である伊達紋別で再び乗ってきた。室蘭で乗っていた高校生より喧しいが高校生ならこんなものだろう。

ただ豊浦を過ぎるとガランとした車内になった。この辺りから海岸近くまで山が迫るようになり、トンネルが増えてくる。近年秘境駅として取り上げられた小幌駅はこの区間にあるが、真っ暗で何も分からなかった。

 

定刻に長万部着。わずかにいた乗客は駅の外へ消えていった。既に駅員はおらず、ただ私だけがぽつんと取り残されてしまった。だが、

前にも述べたが長万部は特急停車駅である。需要の大きな駅ではないのだが*12、まだこれだけの本数があるのに駅を無人にしてトラブルはないのだろうかとは思う。 

 

食欲が今一つ起きないので夕食は飛ばすことにした。6日目にさんざん場所を確認しておいてこの結果である。ただこうなると本当にやることがない。ただ椅子に座っているのも仕方がないので駅のコンコースで体操を始めるという奇行に走ってしまった。監視カメラもないし人通りもいないので何ら問題はない…はずである。

駅前をぶらついても特に見るものもないので駅に戻り、ベンチでスマホの速報アプリでカープ戦の様子を確認するとカープのリードとのことだ。2連覇へ着々と進みつつある。

 

そうこうしているうちに発車時刻が迫ってきた。吹き抜ける夜風がひんやりとしている。どこからかこの列車に乗るであろう人が駅に来た。

 

第9走者:長万部21:27→22:42 890D

最終の各駅停車の乗っている客はたったの4人だった。ただひたすら真っ暗な内浦湾沿いを進む。国縫を発車した後にカープ勝利の報せが入ってきた。これで6連勝、9月未だ無敗である。強くなったものだ、と思う。

 

何も見えない車窓が続くがそれでも起きているつもり…だったのだが1時間弱記憶がない。知らぬ間に寝落ちしてしまったようだ。よくよく考えなくても広島から5日間連続、途中船中泊を挟みつつほぼ丸1日ずっと移動しているのである。終着駅についたらなるべく早く寝るよう努めているが、それでも疲れが完全に抜けるわけではない。まだ2日間残っているが自分が少し心配になる。

 

目が覚めるとだいぶ南下していて、次が森だという。いつの間にか作業服を着た3人組が前にいた。稚内から17時間、距離にして600kmを超えたが普通列車に1日乗ってもまだ本州どころか函館にすらたどり着かない。改めて北海道の広大さを感じられる。

 

2日前に33分停車し、海をぼんやり見た森まで戻ってきた。ここも長万部同様昼間は駅員が配置されているが夜間は無人駅である。明日の1番列車が動く前から窓口は開いているそうなので、今日旭川で買い忘れ苫小牧で買えなかったものは森で買うとする。

 

コンビニで明日の朝食を求め、宿に向かう。国道から脇道に逸れたところの住宅地の中にある旅館だ。10日間の中で最も宿泊施設の少ない場所で、宿の選定に最も難渋したのは今日である。*13*14

 

声のかすれたおばあさんが出迎えてくれた。既に大浴場は22時で閉まっているとのことなので風呂は断念せざるをえないようだ。部屋に入って着替えたらすぐに布団に潜り込み、明日に向けて少しでも疲労を抜くことに努めるとする。

 

移動距離…653.8km

通過した駅の数…132

*1:同様の例は根室でも見られる

*2:一時期日本最南端のJRの有人駅だったためか。現在は隣の山川駅が最南端

*3:函館本線室蘭本線千歳線回り。私が2日間でたどった経路で計算すると682.5km。

*4:尤も稚内空港から1日で帰れるし、さらに言うと特急と新幹線を乗り継いでの神戸着も可能なのだが

*5:Instagramにあるサロベツ原野は写真の撮影場所より南側の地帯を指すようである

*6:無人駅を含めると石北本線の柏陽駅が最北かつ最東

*7:電化区間は貨物ターミナルのある北旭川まで

*8:投稿者のFacebookによれば、実際はこのような放送が約20分ほど流され、外の行先表示板が回転したままだったという

*9:「おおあさ」。決してたいまではない。

*10:15分に1本の快速エアポート普通列車、さらに貨物列車と特急列車が複線で運行されている。

*11:東室蘭から室蘭へは支線が分岐していて、この列車は東室蘭で前後を入れ替えている。

*12:事実2本特急が発着したが降りた人は数人、乗った人はいなかった

*13:一時期は森ではなく、長万部から特急ワープし函館で宿泊することも検討していた

*14:ちなみに次点で稚内と札幌である