ちかちーの旅log!

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No.7-9 18きっぷ日本一周9日目 森~一ノ関(2017/9/8)

旅館を後にし、森駅に向かう。既に日が昇っているが、人気はない。

 

乗る前に窓口で昨日買いそびれたものを買わなければいけない。

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北上時の津軽海峡の横断はフェリーに頼ったが、南下時は北海道新幹線とする。フェリーの方が安いのは確かだし、函館8:10発と悪くない時間の便がある。ただ、今回の旅の趣旨として「鉄道で日本一周」*1というのを前提としている以上、片道だけでも鉄道を使い、本州と北海道を繋げておきたかったのだ。

 

第1走者:森5:34→五稜郭6:57 5680D

函館行きの普通列車である。だが北上時と異なりこの列車は森~大沼間を逆コの字型に迂回する砂原支線を通る。

掛澗を過ぎると海から離れ、木々の生い茂る中を通る。例によって駅間の車窓に見える人工物が電柱と電線くらいしかない。

鹿部から高校生が乗ってきた。函館市内の学校に向かうのだろう。まだもう1本あるはずだが朝練でもあるのだろうか。6時からもう通学は始まっているようだ。その後も小さな駅では駅前(と呼べるのか怪しいが)まで親が車で送り、見送っている様子も見た。

大沼で本線に合流する。今のところ乗客は20人ほどだが、ここから徐々に増えていくのだろう。

やはり増えてきたのは七飯からだった。まだ7時前にもかかわらず立ち客がいる。この辺りの本数はそれほど少ないわけではないが、いったい何故だろうか。

函館の一駅手前、五稜郭で下車。次の列車は函館発だが、この列車とは函館に向かう途中ですれ違うからだ。ホームの前にあるのはJR貨物五稜郭機関区で、本州から来た貨物列車の機関車の付け替えが行われていた。

 

第2走者:五稜郭7:09→木古内8:04 120D

かつてはJR北海道江差線区間だったが、北海道新幹線の開業に合わせて第3セクターに転換され、道南いさりび鉄道区間になった。つまりJRの区間ではないので、森駅で今朝購入したオプション券は五稜郭から使うことになる。

 

とはいえさっき五稜郭で改札を出ておらず、この列車はワンマン運転である。スタンプが捺されていないのだが大丈夫だろうか。

五稜郭を発車してすぐにひまわり畑を見かけた。住宅街の中に突如として現れたので少々驚いた。

しばらくは函館市の隣、北斗市の住宅街を進んでいくが、上磯を過ぎると海沿いの路線になる。*2眩しい朝日の中に函館山が見える。反対側を見るとすぐそばまで山が迫っている。何となくだが指宿枕崎線と似たような印象がある。

茂辺地を過ぎると函館湾の外に出て、津軽海峡の北岸を進む。乗客は10人ほどだが乗り降りはない。

 

こんなところに新幹線の駅があるのだろうか、と思っていると新幹線の高架が見えてきた。その先を見るとこれまでの駅とは明らかに違うものがある。北海道最南端の駅、木古内駅だ。

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ようやく北海道の移動が終わった。実に3日と2.5時間、1413.0km。北海道は広い。そして普通列車の接続も悪い。

 

駅員がないので運転手に券を見せて降りる。結局ハンコは捺されなかった。

木古内はかつては江差線津軽海峡線松前線の分岐駅だった。*3そのため今も駅構内は広いが、ホームは少ない。

跨線橋を上るとかつての江差線を偲ぶ簡素なギャラリーがあった。

 

そこから渡ると2016年3月に開業したばかりの北海道新幹線の駅舎に移る。明らかに道南いさりび鉄道のそれと新しさが違う。

ただ、この駅構内に売店はない。みどりの窓口は流石にあるが、2人の駅員が手持ち無沙汰にカウンターの奥にいた。駅にも客は誰もいない。

それもそのはず。

在来線はまだ理解の範疇にある本数である。ただ、新幹線の本数もそれくらいの本数しかない。*4一部の速達タイプの列車は当駅を通過するとはいえ、まだまだ函館までの本数は少ない印象がある。札幌まで開業すると増えるのだろうか。

 

さて駅にいても仕方ないので、駅前の様子を見てみる。綺麗に整備されたロータリーと、まだ開いていない道の駅があった。

道の駅が開くのは10時とのことなので、もう少し先に向かってみる。駅前が街の中心部のようだが車通りは少ない。

今回の旅行で重要な存在になっているのはコンビニだ。何より24時間営業というのが心強いし、ATMが併設されているのでお金を下ろすことが24時間可能なのがありがたい。*5

北海道で主に展開している*6チェーンの一つにセイコーマートがあるが、北海道に来てから利用する機会に恵まれなかった。だが、ようやく利用の機会が巡ってきた。

入口そばにワインが多数販売されていた。発祥が酒屋だったというので納得ではあるが、全国チェーンのコンビニとは一味違う。そのせいか店内がちょっとしたバーのような雰囲気である。

 

とりあえずミルクカフェオレを購入するとクロワッサンが付いてきた。思わぬ収穫だ。

 

駅に戻り、壁にある木古内の簡単な紹介を見てみる。木古内の沖合に咸臨丸が座礁、沈没し、慰霊の碑が残されているようだが道の駅が開いていない以上行く時間はなさそうだ。

 

待合室で少し待ち、頃合いになったので改札に向かう。当然ながら自動改札には通せないので、有人改札スタンプを捺してもらった。

 

ホームに上がると人がすれ違うのがやっとの幅だった。幸か不幸か人はいないのだが。

 

第3走者:木古内9:44→奥津軽いまべつ10:22 3016B「はやぶさ16号」

木古内で乗ったのは5人ほどだろうか。降りた人はいなかった。

東京行きの新幹線である。初めての北海道新幹線…というよりもむしろ東海道山陽新幹線以外に乗車するのが初めてだ。

乗車した8号車は1/4ほどの乗車率のようである。私のすぐ後ろで木古内で乗ったおばあさんが席はどこか困惑しているので券を見せてもらうと仙台までの特定特急券、すなわち空いている席に座ることができる券のようだ。とりあえず空いている席に座って構いませんよ、と説明した。私も空いている席に座る。

 

当然ながらこの区間青函トンネルを通るのだが、その前後にも多くのトンネルがあり景色は楽しめない。

そのためか「たくさんのトンネルがあっていつ青函トンネルに入ったのか分からない」という感じだ。車内の電光掲示板や放送で案内があるのだが、そうでもないと腑に落ちない。

 

全長53.85km、交通機関用のトンネルとしては日本一長い青函トンネル*7それまでは北海道と本州の線路はつながっておらず、青森~函館間の青函連絡船による移動が必要であった。ただ、1950年代頃に事故が頻発したことから*8計画が本格化し、30年近い難工事の末開通へと至った。ただ開通した1988年当時は交通事情が変化し不要論すら噴出したものの、本州(特に首都圏)と北海道が1本の線路でつながったことは大きく、現在もなお主に貨物輸送の面で日本の交通網の重要のひとつとなっている。なお完成時点で新幹線の運行が可能な構造になっているため、現在は在来線用の狭軌と新幹線用の標準軌が組み合わさった三線軌条である。そのため貨物列車とのすれ違いもあることから新幹線も最高時速は140kmに制限されている。

 

 

 

25分ほどで青函トンネルを通過し、その後もいくつかのトンネルを通ってかつての津軽今別である、奥津軽いまべつに到着。このまま乗っていたいがここで降りねばならない。降りたのはこれまた数人であった。コンコースにはツアーらしき老人の団体がいたが、その人たちが離れると木古内同様ひっそりとしている。*9

オプション券を回収されそうになったが持って帰る旨を伝えると、使用済みのハンコを捺してくれた。北海道の形である。

 

ここで在来線に戻るが、次の列車は約2時間40分後である。ざっと連絡通路から見たところ道の駅以外は田んぼしかなくここでこれだけの長時間を潰すのは困難なので少し寄り道をする。とはいえその列車が来るのも1時間50分後なのだが。

 

駅の1階では津軽半島周辺の観光案内のビデオが流されていた。そこを通り抜け通路を通ると道の駅いまべつがある。地元で収穫された野菜など特産品が売られていた。食堂もあるがまだ営業時間外である。

 

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道の駅に隣接して、これから乗る津軽線津軽二股駅がある。あくまでも別の駅であり、在来線から新幹線に乗り換える時は運賃計算をここで切ることになる。

 

駅前には田んぼが広がっているが、この辺りに源義経が落ち延びた伝承があるようで、道路脇に義経や弁慶や静御前などの人形が立っている。史実では平泉で弁慶とともに討ち死にを遂げたとされているが亡骸が見当たらず、実は生き延びていていて様々な伝説が立てられているようだ。それに尾ひれがついて北海道に渡ってアイヌの族長になったとかチンギス=ハーンは実はそこから大陸に渡った源義経だだとかの伝承があるらしいのだが…

 

しかし駅前が街の中心部だった木古内はともかく、街から離れているここは本当に何もない。時間を潰すことすら困難である。

仕方ないので駅の待合室で時間を潰さざるを得ない。自転車を借りてもよかったがそれでも目立った見どころまでは往復1時間以上を要してしまうようなので無理である。18きっぷ津軽海峡を渡ることの困難さを思い知らされた。*10

 

 第4走者:津軽二股12:09→三厩12:24 333D

見慣れたタラコ色のディーゼルカーである。席が半分以上埋まっていて案外乗っていると感じた私はもう末期かもしれない。

 しばらくは山の中の田園地帯だったが、今別を過ぎると津軽海峡に面した海沿いの路線になった。

まもなく三厩に到着、津軽半島側の最北端の駅である。*11駅舎に入ると太宰治の小説「津軽」の当地を綴った一節の書かれた絵が飾られていた。

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 案外人は多い。ツアーバスもここに来ているようで駅前は賑わっていた。

 

さて、そのまま折り返しの列車に乗る。

 

第5走者:三厩12:50→青森14:23 336D

津軽二股で寄り道を終え、再び南下を始める。次の大平までは木々の生い茂る山の中を10kmほど進んで峠を越え、蟹田から陸奥湾沿いに南下する。対岸に見えるのは下北半島だ。ちなみに蟹田駅のホームには「北緯41度、ニューヨーク・ローマと結ぶ町」とあった。

平日の昼下がりだからか三厩を出てしばらくは人が少なかったが、それでも青森に近づくにつれて小駅からぽつぽつと人が乗ってきた。

 

半分以上席が埋まり、定刻に青森着。放送を聞くとこの列車はそのまま次乗る列車になるという。時刻表には書いていなかったが次も席の確保が確定した。

 

第6走者:青森14:42→弘前15:37 662D

新幹線に連絡していたため新青森で通路まで立ち客が出るほどの混雑になった。荷物を足元に置いていたら怒られたので網棚に置かざるを得ない。

 

しばらくすると田園地帯の奥の遠くにシルエットのはっきりとした山が見えてきた。八甲田山と並ぶ青森県の名峰、岩木山だ。

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あまり空かないまま弘前到着。北上時にはひっそりとしていたが、今は多くの人で賑わっている。リンゴの大きなオブジェがコンコースにあった。

 

ここで大館まで特急ワープを使う。一応このまま普通列車を乗り継いでも今日中に一ノ関に到着はする。ただ、かなりのタイムロスが出るので特急に乗り換え、花輪線の列車を早くすることにした。それでも特急まで少し時間はあるが弘前城まで行く時間はないようだ。駅のコンビニで遅い昼飯を求め、少し待つ。

 

ホームに降りると五能線経由の臨時快速、リゾートしらかみが止まっていた。もちろん生で見るのは初めてだが、明らかに異形な顔をしている。3割ほどの客を乗せて発車していった。

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第7走者:弘前16:35→大館17:11 2046M「つがる6号」

秋田行きの特急列車である。自由席の乗車率は3割ほどだろうか。

大鰐温泉までは弘南鉄道に沿った郊外路線といった趣だったが、それを過ぎると徐々に人の住む気配がなくなっていった。とはいえ並行して国道や高速道路はあるため何もないという印象ではない。

トンネルを抜けて秋田県に入ってもしばらくは人気のない荒れた土地である。まもなく大舘というアナウンスがあってやっと街が見えてきた。

ちなみにそれなりに長い時間はあったにもかかわらず検札はなかった。不正乗車が横行しそうだが…

 

第8走者:大館17:31→盛岡20:37 1936D

花輪線普通列車である。乗車率は1割台というところだろうか。

扇田を過ぎると田園地帯から徐々に米代川の渓谷に入っていく。ただ夕暮れが早く、スイッチバックのある十和田南を過ぎると真っ暗になった。岩手県内全域の移動が夜になることは予想していたが、もうこの時間から夜のようだ。

沿線では比較的大きな町である鹿角花輪を過ぎると車内はガラガラになった。このあたりから東北自動車道がほぼ線路に沿うようにあるので鉄道を使う人は私のような物好きか通学の学生くらいしかいないのが現実である。*12

兄畑で県境を越えると岩手山や八幡平の裾野を進む急な勾配の連続だ。夜で外は何も見えないが急な坂を進んでいることが座っていても感じる。

好摩花輪線は終わり、第三セクターIGRいわて銀河鉄道に入る。元は東北本線区間だったが東北新幹線の開業によりJRの管轄ではなくなった区間だ。

 

つまり、この区間18きっぷが使えないのである。好摩~盛岡の運賃が別に必要だ。

車掌の検札の際にきっぷを買えばいいと思っていたがありそうにない。盛岡で精算する必要があるようだ。だが、何気なく見ていた時刻表で一つ問題を思い出してしまった。

「JR盛岡駅北口改札口(2階)とIGRいわて銀河鉄道盛岡駅改札口(1階)とは約200メートル離れています(所要約8分)。」*13

 

乗り換える予定の列車の発車時間までは7分。えっ、これ間に合わないのでは?とりあえず走る必要がありそうだが念のためバックアップの手段を検討する。なおありませんでした。1時間半待つ必要があるけどそれじゃ特急ワープした意味がないんだよなぁ…

 

問題の盛岡駅に到着。階段までは少し遠いようだがとりあえず小走りに階段を駆け上がる。

すると前にいた客が精算をしている。ええい、早くしてくれ…!

ちょうどよく650円が財布にあったのが救いだった。あと2分、間に合うことを信じるしかない。

 

第9走者:盛岡20:44→一ノ関22:20 1554M

間に合った…しかも空いている個所を探すくらいの余裕があった。混んでいる階段そばを避け、前側に乗る。座れないのは仕方ないだろう。

日詰までに立ち客はいなくなったので座る。もう窓の外の光はまばらになっている。

席にも空きが目立ち始めた花巻でまた少し人が乗ってきたものの、これもしばらくして降りていった。

 

昼間なら平泉の古刹が見えるはずだが何も見えない。やはり夜の移動というのはもったいなさを感じるが、昼に再訪できるのはいつになるのかは分からない。

 

2分ほど遅れて一ノ関着。到着直後に秋田県震度5弱地震があったが、岩手県の南の端では揺れを感じなかった。*14Twitterで到着を報告したのが地震直後だったので心配のリプライがいくつか飛んできたが、むしろ私はニュースアプリで地震の発生を知ったくらいである。

 

ようやく最後の晩だ。岩手の南の端から神戸まで1日で帰れるという実感がどうも浮かばないが、何にしても明日で長旅も終わりである。晩飯?そんなものは知らないですね…

 

移動距離…536.5km*15

通過した駅の数…122

*1:正確には日本縦断を往復したというのが正しいかもしれないが

*2:上磯~木古内は本数が少ない。

*3:松前線は1988年、木古内以西の江差線は2014年、津軽海峡線北海道新幹線の開業と同時に在来線の運転を終了。

*4:事実木古内は全国の新幹線停車駅の中で3番目の少なさである。

*5:この旅行の前に新生銀行の口座を開設しました

*6:他茨城、埼玉に数店舗あり

*7:2016年にスイスのゴッタルドベーストンネルが開通するまでは世界一の長さだった

*8:朝鮮戦争で設置された機雷が漂流したのが原因とされる

*9:全国の新幹線停車駅の中で最も乗降客数が少ない駅である

*10:ちなみに北東パスこと北海道・東日本パスの場合、別途特急券の購入により新函館北斗新青森間の乗車が可能なためここまで困難ではない

*11:半島の最北端である竜飛崎までは14kmだという

*12:それでも廃線にならないのは経営がしっかりしているJR東日本管轄だからだろう

*13:JTB時刻表より該当部を抜粋

*14:あとで調べると一関市では震度2だったそうである

*15:津軽二股三厩を含む。以下同。