ちかちーの旅log!

logであり、録であり、(b)logである

No.9 中国地方ローカル線巡り(2017/12/30)

世間では新年度が始まりました。既にダイヤも変わり、3/31で三江線が全線廃線になったことは記憶に新しいでしょう。

しかし私はまだ冬休みの件を1件書かなければ春休みの旅行を書く機会に移ることができません。完全に遅れてしまいましたね…

 

さて、突然ですがここで質問をしたい。

「神戸から広島に、公共交通機関で向かいたい。あなたならどうしますか?」

金銭的余裕があるなら新幹線、そうでないなら高速バスというのが大半の答えだろう。さて、先ほどの質問に1つ条件を加えてみる。

「神戸から広島に、青春18きっぷで向かいたい。あなたならどうしますか?」

普通の発想なら山陽本線を下るのが大半だろう。このルートなら本数が十分に確保されていて、かつ最も早く向かうことができるからだ。実際、私もこのルートで何度も行き来している。

しかし、青春18きっぷはスタンプを捺された日の1日間、JRの普通列車や快速列車が乗り放題のきっぷである。そのルート以外にもJRの線路はある。1日で通れる範囲で、かつ私が乗ったことのない路線を中心にできる限り回り道をしてみた。

 

第1走者:新在家4:48→高速神戸5:01 463列車

途中までは夏の日本一周の行程と同じである。当然ながらまだ真っ暗で、新在家で乗った時は誰も乗っていない車両もあった。

阪神電車は駅数が多いことから普通列車には加速性能の良い車両が利用されている。発車して加速するとかなり引っ張られる感じになり、またすぐに次の駅に止まるという感じだ。

地下にある高速神戸で降りる。JR神戸駅のあるホームの東側から出て、やはりまだ人通りの少ないJRの駅に向かう。

 

第2走者:神戸5:17→西明石5:45 501B

この時間でもガラガラというわけではなく、それなりに混んでいる。とはいえロングシートには空きがそれなりに見受けられる。

各駅でそれぞれ若干の乗り降りする客を見やりながら朝の明石海峡を進んでいく。何度も通っている光景だが、いつ見ても綺麗なものである。

定刻に西明石に到着し、すぐにホーム向かい側で待っている次の列車に乗り換える。

 

第3走者:西明石5:47→姫路6:21 943M

播州赤穂行きの各駅停車である。まだ新快速は動いていないからである。

西に向かうにつれて徐々に向こうのホームで待っている人が増えてきた。今日は仕事納めの日である。

東の空が明るくなってきたころに姫路着。少し時間があるが特にやることもないので、次に乗り換える姫新線のホームに行く。

 

姫新線播但線ワンマン運転でまた無人駅が多く、改札も簡素なものしかないので不正乗車の温床になりやすい。そのため姫路駅構内の播但線姫新線のホームに向かう階段の前に自動改札が置かれている。私が使っている青春18きっぷは自動改札に通せないので有人改札を通るしかないが、まだ係員がいない。既に18きっぷは神戸でスタンプを捺してもらっているので、そのまま通った。

 

第4走者:姫路6:55→播磨新宮7:29 1823D

姫路からは姫新線に入る。姫新線は姫路~新見間158.1kmのローカル線で、中国山地東部の山中を通る路線だ。かつて高速道路網が整備されていなかった頃は京阪神と山陰を結ぶ急行が存在していたが、現在は高速道路網が整備されたため専ら地域輸送の路線となった。中国地方を南北に結ぶ路線では山陰と山陽を結ぶ目的で建設された路線が多いが、半数以上の路線で自動車との競争力を失い、最低限の本数を残しただけの赤字路線にまで転落した。

姫新線中国道の開通で陰陽連絡としての役割は失われたものの、途中までは沿線自治体のお布施協力によって高速化がなされている。

これから乗る列車はその高速化によって新造された列車だ。発車30分前だが既にホームで待っている。

 

2両繋いだ列車はそれぞれ20人近い乗客を乗せて発車した。しばらくは姫路郊外の住宅街の中を進んでいく。駅間は長いがJR西日本にしては珍しくかなりの速さが出ている

竜野を過ぎると少しずつ田畑が増えていく。とはいえ遠くには住宅が並んでいて、並行する道も交通量はそれなりにあり、あまりローカル線という雰囲気はない。

 

定刻に播磨新宮に到着し、跨線橋を渡って次の列車に乗り換える。ちなみにICOCAはこの駅まで利用できるようになっている。

 

第5走者:播磨新宮7:45→佐用8:18 3823D

姫路から乗ってきたのと同じ形式の車両である。半数程度乗り換えたようだ。

徐々に盆地が狭くなり、山々が近づいてきた。乗り降りする人がいない駅も出てきて、少しずつローカル線の雰囲気が出てきた。

定刻に佐用に到着。智頭急行が南北に走る駅で、反対側にディーゼルカーが発車を待っていた。

 

第6走者:佐用8:32→津山9:31 2825D

姫路~上月までは前述した高速化がなされているが、上月から先は高速化はなされていない。これから乗る車両も20年ほど前に製造されたもので、ローカル線ではよく見かける車両なのでむしろ見慣れた雰囲気である。

この辺りから中国道が進行方向右側に並走するようになる。車やトラックがびゅんびゅん追い抜いていく横で、単行のディーゼルカーがガラガラでのんびりと進んでいくのは現代のローカル線の縮図といっても差し支えないだろう。とはいえ全く乗り降りがないわけでもなく、美作市の中心である林野で20人ほど乗ってきた。本数も2時間に1本近くあるためまだローカル線の中では需要のある方ではあるようだ。

 

林野から25分ほどで津山着。少し時間があるので、駅の外に出てみた。遠くの山の峰は積もっているように見えるが、街中に雪はない。

 

津山を訪れたのは初めてである。中国地方山間部の都市の中では最大の人口を持つ街であり、また4方向へのターミナル駅とだけあって、思ったよりも駅の規模は大きい。駅前はバスターミナルとなっており、隅には津山ゆかりの詩人である西東三鬼の碑が建てられている。

街の中心は川の対岸にあるようで、30分の待ち時間では少し時間が厳しいようだ。だが駅のホームからちらりと津山城が見えたので、これを対岸から撮ることにした。

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駅に戻り、次の列車を待つ。

 

第6走者:津山10:05→新見11:47 859D

岡山から津山線経由で来た客でもいるのか、車内は同業者と思しき人が大半だ。理由は見当がつくが、これは後で述べる。

しばらくは先ほどまでと同様に中国道に沿って進む。正確には高速道路の方が後にできたのだが、まあ今となっては明らかに道路の方が格上の交通網なので「線路の方が沿っている」という表現で間違いはないだろう。それぐらいぴったりと山間のわずかな盆地を進んでいる。

美作落合を過ぎると線路や盆地は北に伸びる。岡山平野に流れる旭川沿いに線路が敷かれていて、この少し上流側に真庭市の中心部がある。

JRでの真庭市街の中心駅は中国勝山で、ここで盆地が途切れる。ここからは本数がぐっと減り、JR西日本管内でも屈指の閑散区間の一つに入る。これはつまりこの区間の利用状況が芳しくないことを示している。まだ明確な廃線前提とした話は出ていないようだが、三江線なき今*1ここを含めた多くの中国山地を走るローカル線は重大な分岐点に差し掛かりつつあることは間違いないだろう。

 

時折徐行しながら谷底のわずかな平地を縫うように走り、定刻に新見着。ここで1時間少々待たねばならない。ちょうど昼時なので昼飯を求めることにする。

だが、新見駅前はびっくりするほど何もなかった。街の中心から大きく外れているようで、駅前には年末年始で休業中と思われる弁当屋と居酒屋しかなかった。幸い川の向かい側にローソンあるので、そこで購入した。

だが、食べ終わってしまうと本当にやることがない。一応4方向への乗換駅ではあるのだが、津山とは大違いだ。やはり市街人口の差だろうか。

 

第7走者:新見13:01→備後落合14:25 443D

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なんでや!阪神関係ないやろ!

 

12:46に岡山からの列車が着くと、多くの人が次の芸備線のホームに並び始めた。私はホームの待合室でぼーっとしていたが、慌てて列に並んだ。

結局100人近くを乗せての発車になった。席はもちろん、両端のドア付近にまで多くの人が詰めかけている。駅前をふらふらしていたり、改札外の待合室で待っていたら確実に座れなかっただろう。1年半前にここを通った(当ブログNo.2参照)時はこんなに乗ってなかったのに、なぜこんな年の瀬にびっくりするほど混んでいるのだろうか。

 

さて、この辺りは現在の中国地方のローカル線の中でも深刻な状態に陥っている路線である。順に追っていこう。

 

新見から2駅先の備中神代までは伯備線を走る。その間に布原という駅があるが、この駅は伯備線の列車はすべて通過し、芸備線の列車しか止まらない。これは布原駅周辺にまともな集落がないからで、長らくこの駅は信号場扱いだった。事実2015年時点で1日の平均利用者数は0人である。駅ノートが上りホームの下にあるケースにしまわれているそうだが、周辺の道路事情もよくないので書きに行くのも、そもそも見るのも困難なものの一つである。

 

備中神代から芸備線に入る。一応2路線の分岐駅だがここもひっそりとしている。とはいえ中学生くらいの少年が一人乗ってきた。

 

さて再び山間部の細い盆地を縫うように、中国道が並行するようになる。今はこうして満員で走っているが、普段の利用客数はJR西日本管内でもワーストに近い。途中の駅でほとんど乗り降りがないのがその証左だ。

いくつかの駅では行き違いに使われていた線路が撤去され、使われなくなったホームが草木に隠れようとしているものもある。利用客の減少したローカル線ではよく見られる光景である。

 

広島県に入り東城を過ぎると、いよいよ田畑すらなくなり森の中を通り始める。駅間には人の住んでいる気配がまるで感じられないどころか、駅周辺にある家も廃屋と思しきものすらある。事実東城~備後落合は1日3往復、2015年度の輸送密度*2はわずか8、公表しているJR各線の中でも最も少ない線区である。*3先ほど廃線になった三江線は58で、JRの全路線中最下位であった。芸備線は広島口での利用客数が多いため全体で見ると少ないわけではないが、三次以東に限ればいつ廃線になってもおかしくはない水準にまで利用客が低迷している。*4今のところ廃線の提案が出ている様子は見られないが*5、近い将来今日乗っている路線が地図から消される可能性が否定できないのは間違いないだろう。

 

ところで私はボックス席に座っているが、新見から向かい側に座ったスキンヘッドの50代らしき男性が時折私に話しかけてくる。月に一度は神奈川からこの辺りの路線や三江線に乗りに来るのだそうだ。ワンカップを飲んだり新見のスーパーで買ったという寿司を食べながら、このあたりの話を私に話しかけてきた。前々回での飯田線への旅の道中で出会った時といい、この冬はその路線についての「玄人」の話を聞く機会が多い。…ところでこの人、どこかで見たような気がする。もちろん初めて見かけた人なのでネット上で見たのだろうが…

 

定刻に備後落合に到着。3方向へ分岐する山間の小さな駅である。かつては蒸気機関車の付け替えなどの役割があって国鉄職員が常駐していたというが、単行のディーゼルカーが行き交う今となってはわずかに設備の跡が残るだけのひっそりとした無人駅である。木次線沿線は大雪だというが、まだ動いているようだ。もしかしたらここまで乗ってきた大量の客は木次線に乗り換えるのかもしれない。

2016年に訪れた時はまだなかったようだが、かつてこの駅で国鉄職員として働き、今もこの駅の近くに住んでいるというおじいさんが休日には3方向の列車が集まるこの時間に駅で当時の話をするそうだ。1日の中で唯一賑わうこの時間、この日も駅でかつて交通の要衝だった時代の話をしてくれた。

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第8走者:備後落合14:43→三次16:03 359D

つい先ほど三次から来た折り返しの列車に乗る。ここまでに乗ってきた多くの人は木次線へ向かうのではという淡い期待は脆くも崩れ去り*6、やはり通路まで人がいっぱいになっての発車だった。これは多くの人は三次に向かい、廃線前最後の冬の三江線を乗り納めに行っているに違いない。やはりスキンヘッドの男性も乗ってきた。

 

備後庄原まではやはり人気のない山間の路線である。この辺りは急勾配が多く、また線路脇まで山肌が迫っている。落石の危険があることから最徐行で進んでいくため、6km足らずを進むのに15分もかかる。本数も少ないためこれでは人は乗らなくても当然だ。

 

備後庄原が三次以東の芸備線の中では利用客の多い駅である。5人ほど乗ってきた。ここから先は人里に戻ってきたという感じで、国道沿いに広がる田畑を進んでいくようになる。

 

混んでいてあまり外が見えないので、先ほどまで話していた件の男性について少し確認してみた。なるほど、私のかすかな記憶は正しかったようだ。詳しくは述べないが、ある意味ローカル線マニア界隈で名の知れた人だったようである。

 

そうこうしているうちに三次が近づいてきた。この辺りは何度か行ったことがあるが、鉄道で通るのは初めてである。車と鉄道とでは同じ場所でも見える景色が違うというが、それは間違いないようだ。

 

定刻に三次に到着。ここでここまで乗ってきた客は散り散りに離れていった。スキンヘッドの男性ともここで別れたが、別れ際に三江線の同人誌をもらった。曰く「三江線について若い人が興味を持っているのは珍しいから」だそうだ。この後17時過ぎの浜原行きに乗るという。12月の頭に売り始めた三江線の記念入場券セットは既に売り切れとの張り紙が窓口に貼ってあった。

 

さて、ここから広島に向かうにはこのまま芸備線で向かうとよい。だが私はさらにローカル線と付き合うルートにした。駅構内の売店でパンを求め、次の列車に乗り換えて発車を待った。

 

第9走者:三次16:36→府中18:20 1730D

三次は広島県北部の交通の要衝と言ってもよい。高速道路では尾道松江道と中国道の交わる三次東JCTがあり、南北と東西の道路交通を結んでいる。一方で鉄道に目を向けると、先ほど挙げた芸備線三江線のほかに、もう一つの路線の乗り換え駅である。福塩線だ。

 

福塩線は三次のやや東にある塩町から広島県南東部の主要都市、福山を結ぶ路線である。目立った見どころのある路線ではなく、中国地方のローカル線の中では比較的影の薄い存在という印象がある。もう日が暮れかけているので車窓を眺めることはできないが、私はまだ乗ったことがないのでこれに乗ることにした。

 

先ほどまでとは打って変わってガラガラで、6,7人ほどしかいない。ボックス席を独り占めできる。

塩町までは先ほどまで乗ってきた線路を引き返すことになる。八次の少し先で市街地が途切れ、江の川上流である馬洗川沿いの住宅がまばらな盆地を進んでいく。

 

塩町を出て左に芸備線の線路が分かれていった。ここから正式に福塩線に入ることになる。相変わらず盆地の中の農村地帯を進んでいく。駅から遠いところでは木々の間をすり抜けるが、ここでも山が近いため徐行運転になる。

 

三次盆地が途切れたのは吉舎を過ぎたあたりである。もう暗くなってきて、駅から少し離れると外の景色がどうなっているのは掴めない。地図を見ると集落を縫うように蛇行しながら東南に進んでいるようだ。

 

日がほぼ暮れた後にこの辺りでは大きな集落である、上下についた。かつては石見銀山と瀬戸内海を結ぶ街道の宿場町で、地名の由来はこのあたりに分水嶺があるからだという。*7

もう真っ暗で何も分からない。数人しか乗っていない単行のディーゼルカーが、ゆっくりと冬の山間を進んでいった。佐用以降ずっと同じ型の車両に揺られてきたが、遅いのもあっていい加減だれてきた。

 

定刻に府中に到着。全国では唯一、同名の市のある自治体である。*8

 

第10走者:府中18:42→福山19:29 272M

姫路以来久しぶりの電車である。入ってきたのはロングシート車だった。

ここからは府中市から福山市の郊外の地域を通る区間で、運行本数も1時間に1,2本はある。駅間の距離も短く、郊外路線らしい雰囲気になる。

この時間から福山に向かう人は少ないのかほとんど人はいないが、行き違いの列車はかなり混んでいる。仕事納めの帰りだろう。

 

住宅街の中を通っているので見どころもなく単調である。この後どうするか考えながら揺られていた。

 

定刻に福山に到着。最短でなら神戸から4時間で済むところを、14時間以上かけて大回りしたことになる。

 

第11走者:福山19:40→三原20:12 379M

見慣れた国鉄型の車両である。だが、この車両はボロ個性的な車両だった。No.7-5で紹介した、「半自動の時はドアが手動」の車両である。しかも全部の車両ではなく、両側の先頭車はボタン式で転換クロスシート、中間車は手動でボックス席である。*9もうほとんどのこうした車両は廃車になったが、それでもまだそういう車両が今でも残っているのだ。

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人はあまり乗っていないが、それでも流石に今までよりは乗っている。止まる駅で下りたり乗ったり、反対側のホームで列車を待っている人がいる。当たり前のようで、実は利用客が多い路線であることの証だ。

 

新潟と違い広島はほとんどの駅で自動なので、ドアを開ける機会はなかった。唯一車掌が変わる糸崎で半自動になり、乗ってきた高校生の一団が「えっ、手で開けるの!?何この車両、ボロすぎん?」と騒いでいた。3年前まではこうした車両がかなりの数あったが、もう今は運がよくないと乗ることは難しい。それくらい古くて淘汰が進んでいるということだが。

 

定刻に三原に到着。岩国行きなのでそのまま乗っていてもいいのだが、さらに回り道をすることにした。

 

第12走者:三原20:19→広島22:45 145M→2945M*10

三原からよせばいいのに呉線に乗ることにした。

呉線は三原~海田市を海沿いに結ぶ路線である。呉はかつて軍港都市だったので幹線の扱いを受けているが、今日では特に広から東側は瀬戸内海沿いを進むのんびりとしたローカル線になっている。

 

ホームに止まっていた車両はこれもまた国鉄型のロングシート車だった。乗っている人はこちらもまばらである。乗っているのはワンマン列車の後ろの車両なのでドアの開け閉めもなく、しんとしている。

呉線は単線だが大半の駅で行き違うことができる。行き違いの列車は大半が新型車両で、随分と広島の車両も変わったものだと感じる。

 

昼間なら穏やかな瀬戸内海が車窓に広がるはずだが、真っ暗で何も見えない。そもそもこの状況で2時間以上ロングシートに座らされるのがきついのだが、自分から乗り換えに行ったのだから何も言えない。

 

呉市に入った後の広で少し人が乗ってきた。ここから先は車掌が乗務する。広から西側は本数が多く、利用客も多い区間である。

呉の市街を過ぎるとまた山際まで海の迫ったところに線路と国道が敷いてあるようになる。呉線はこの地域で大雨になると真っ先に運転見合わせになる路線だ。

 

海田市山陽本線と合流すると、あとは2駅で広島である。

 

定刻22:45、ようやく広島に到着した。山陽本線を西進すれば6時間もかからないようなところを、山間や海沿いのローカル線を大回りしながら17時間半ほどかけて向かったことになる。

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まだ明確な提案はなされていないが、芸備線をはじめ今回乗った路線のいくつかは存続の危機に立たされている。廃線を巡る問題については極めて難しいが、もしそのような話が出てしまったときは少なくとも自治体とJRが喧嘩別れになって廃線というようなことがなく、しっかりと時間をかけて最善策を採ってほしいものである。

 

移動距離…505.5km*11

移動時間…17時間27分

*1:執筆時点

*2:1kmあたりの平均通過人員。利用客数×輸送距離÷その区間の距離÷365

*3:ちなみに備中神代~新見は87

*4:以上出典:「データで見るJR西日本2016」

*5:一説には有事の際に山陽本線呉線が寸断された際の迂回路として廃線をしていないとされるが、交換設備がほとんどなく保線も最低限で済ませている現状その役割を果たすとは考えにくい

*6:ちなみに折り返した客もわずかながらいた

*7:日本海側の江の川水系と瀬戸内海側の芦田川水系。ただし由来については諸説あり

*8:東京都府中市。なお広島県内には(安芸郡府中町も存在する

*9:これが見られるのは中国地方では3編成5両(C-13編成の下り先頭車とR-01編成・R-04編成の中間車。この日乗車したのはR-01編成でした)。すべて下関配置だが岡山県東部まで運転されているので見るのは困難である。

*10:広で車両番号変更

*11:山陽本線直通時:304.7km